2005年 10月 22日
ころび。
たいそう見事に、
かなり大胆に、
かつ、きっぱりと、転んだ。
いや、厳密に言うと、転げ落ちた。
バスから降りようとしたのだ。
ステップを踏んだ途端、
ボタンが13個も付いている空色のロングコートの裾に、
スウェードのショートブーツのピンヒールが、ひっかかってしまったらしい。
1秒にも満たないその瞬間に、
実にいろいろな事を考えた。
考えた末、私は、あらゆる未練を手放した。
全てを捨て、心地よいあきらめに身を委ね、
肩から落ちてゆく時は、ある種の快感すら覚えた。
そして、不思議な事に、
かすり傷ひとつ負わなかった。
それにしても、そのダイナミックな転げ落ち方は、
バスの乗客を戦慄させるには充分だった。
「だ、、、、だいじょうぶですか?」
その女子は、呆然としながらいたわってくれた。
かわいい、と思った。
「だいじょうぶです。」
私ははっきりと答えながら立ち上がり、
ブーツを調べた。
ピカピカに磨いたばかりだったエナメルの先端部分が一部すりむけてしまった事は、
この華々しい転落ショーの輝かしい刻印だ。
コートを軽くはたき、
晴れやかな気持ちで歩き出そうとしたら、
近くにいたおやじが今更「大丈夫?」と声をかけて来た。
間が悪かった。
やつは決定的に間が悪かった。
おまけに顔に、下卑た、馴れ馴れしい笑みを貼付けていた。
泥をぬるな。
私の完璧な転落ショーに、
泥をぬるな。
お前の見え透いた、安い自己愛に、
私を巻き込むな。
それでも「はい。」と答えてやった。
特別サービスだ。
で、私は本当に歩き出した。
あとは地下鉄を乗り継いで、マイクの前に座るだけ。